『gooseberry』スタッフが日記を書く? こいつは大変だ!?
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The South-Radish Story
2009年11月01日(日) 18:35
早いもので11月になってしまいました。

裏の世界では11月といえばGCFの季節、そんな噂話も耳にします。

そんなわけで今月も張り切って活きましょう。



まず最初にお知らせです。

ひょんなことから11月は2回DJ出演が決まりました。


11/15(sun)
中野 heavysickzero
OPEN 17:00

今のところ詳細は不明ですが、前回出演した際にはロックバンドのフロアとDJのフロアでわかれていて、なかなか過ごしやすい空間に仕上がると思われます。
出演時間、他出演者情報などGET次第お伝えしてゆきますので、お見逃しなく!


11/25(水)
新宿 LOFT
mama's bedroom presents
《Diamond Vol.6》
open/start 18:30/19:00 
adv/door¥2000/¥2300(D別)

w/MARK MUFFIN/Any/spaceQ/

mama's bedroomさん主催のイベントです。前回のDirty Partyにも出演してくださっていたのでご存知の方も多いはずです。どうやら来場された方には特典があるらしいのでそちらもお楽しみにしてくださいませ。
LOFTのbarカウンターにぴったりの曲も準備して乗り込んだります!



でわでわ早速本日のお題【言葉だけでも駄目、想いだけでも駄目】に入りたいと思います。
長くなってしまうかもしれませんが、そんときはそんときってことで気にしないでください。


なんでこんなことを書こうとおもったのか、そのきっかけの物語です。

昔々あるところに一人の若者Aが住んでいました。

なんと、Aには恋人Bがいました。
AとBはそれはそれは仲睦まじく、時にはケンカをしたり、時には二人きりで旅行に行ったり、時には仲間たちと酒を酌み交わしたりしながら、つまりはどこにでもいる普通のアベックだったのです。

あるときひょんなことからAとBは《ベルリンの赤い雨》によって東西に分断されてしまいました。
それまでは割りと近くに住みながら愛を育んでおりましたが、このことがきっかけで少しずつAB間の距離が遠くなっていくように感じられました。(ちなみにハワイは日本に向かって少しずつ近づいてきています)

AもBもお互いのことを真剣に考えておりましたし、本当に想いあっておりました。
しかしながら《言論の弾圧》とでも言うのでしょうかABの間の言葉のやり取りの頻度は昔と変わらず、いやむしろ少しずつ減っていったのです。


-そして運命の時は訪れます-


《ベルリンの赤い雨》は半年ほどで止むはずでした。
雨がやんだとき、AとBは一緒の家に住み、新たに子どもC、D、Eと5人で暮らすはずでした。

ところが雨は止むことがありませんでした。
暗黒魔術師X、Y、Zの連携プレイによって、AにもBにも知られないように秘密裏に雨は降り続けることになったのです。

AもBも雨が止まないのはなぜだろうと思い相手に手紙を書くのですが、X、Y、Zが手紙の中身を検閲しているので肝心の部分が伝わりません。

結局AとBは、お互いに想いあっていたはずのAとBは言葉がうまく伝え切れなかったために別れてしまうことになったのです。

(完)

余計な要素がふんだんに含まれていますので読みにくいかと思いますが、とにかくまったくもってめでたくありません。



伝えたい気持ちがあるということは素晴らしいことです。

ありふれている事のようですが、それは本当に素敵で奇跡的な気持ちだと思います。

気持ちが募れば募るほど、相手に伝えられるかどうか不安になります。
こんなにも大きくて複雑な自分の想いを大切な人に正確に伝えるためには、どんな言葉を使えばいいのか思い悩みます。

そんな悩みから僕たちは逃げ出します。
すこしはこっちの気持ちを察しなさいよ、と。
こんなに想っているんだから、あなたはこんなに想われているんだから振り向いておくれよ、と。



自分から誰かに伝えたい想いがあるときには言葉にすることが難しくて、でも逆に素敵な言葉を伝えてもらえたときにはその裏に隠された想いを見逃してしまいます。
自分で伝える言葉の裏には想いが込めながらも、他人から伝えられた言葉の裏に隠された想いを受け取ることができないのです。

やっぱり僕たちは逃げ出します。
もっとわかりやすく言ってくれないとわからないよ、と。
なんか言葉ばっかりでほんとうにそうおもってるのかい、と。



自分の想いも、相手の想いも言葉でしか伝えたり受け取ることはできないけれど、でも言葉だけでは伝え切れないものです。

想いを伝えるための言葉、言葉に隠された想い。

そんなめんどくさい厄介な仕組みのためにたくさんの悲劇が生まれ、同時にたくさんの素晴らしい芸術も生まれてきました。


言葉を伝えることで起こる悲劇、言葉を伝えなかったことで起こる悲劇。
想いを受け取ることで起こる悲劇、想いを受け取れなかったことでおこる悲劇。

そしてそれらの悲劇から得た教訓を現世・後世に伝えるための芸術。



きっと伝えようが伝えまいが客観的な結果は変わりません。
悲劇になるしかないものは、結局悲劇にしかなりませんし、芸術として生まれ変われる物語かどうかはきっと決まっています。

だからこそ伝えるべきか伝えないべきかを選び取る行為は、自分の生き方として大切な部分です。
結果が変わらないのに選択する、その基準こそ大切な、絶対に譲れないラインとなるのです。



いろんな人にいろんな想いを抱いてはいますが、それを全部伝えようとは思いません。(根本的にめんどくさがりですので)

けれど自分の大切な想いくらいちゃんと伝えたいとおもいます。
本当に大切だと思える人に本当に大切な気持ちを伝えないままでいるのは僕の譲れないラインを大幅に超えてしまいますから。



その人と物語の結末はきっと決まっているんだからどうあがいたってしゃあないんですけども、物語のA、Bさんにはもうちょっとがんばって欲しかったものですね。




そんなわけで話がよく分からないstaffroomとなってしまいました。

でもGCFの中では割とすっきりした内容になっていると思います。
よかったら何度も読み返して、非社会的思考回路をGCFと共有してゆきましょう。



でわでわ。


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