2009年07月10日(金) 12:51
GCF is BACK AGAIN !! (GCFが帰ってくるぞ〜!!)
7/27(mon)
『HABITAT vol.5』
@渋谷bar shifty
22:00〜29:00
adv.2000yen with 2d
試行錯誤を重ね、新たな境地へ突入。
視線の先に在る、夢幻煉獄の招待状。
ほぼ2ヶ月ぶりにGCFが還ってきます。
是非ともお越しくださいませ!!
時間・出演者等はまた後ほど。
でわでわ。
7/27(mon)
『HABITAT vol.5』
@渋谷bar shifty
22:00〜29:00
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試行錯誤を重ね、新たな境地へ突入。
視線の先に在る、夢幻煉獄の招待状。
ほぼ2ヶ月ぶりにGCFが還ってきます。
是非ともお越しくださいませ!!
時間・出演者等はまた後ほど。
でわでわ。
2009年07月08日(水) 09:45
奇跡、末期、がるるる、待機、便器、うふふふ、GCFです。
本日はHerbie Hancockのアルバム『Future 2 Future』を聞きながらのstaffroomにしたいと思います。
まずは近況報告からです。
ええと、以前どこかで書いたかも知れないですけど、GCFは日替わりでテンションが変動する癖がありまして、ある日のテンションはその日に目覚めてみないと分からない状態が続いていたんです。
ところが今月あたりから、数時間単位でのテンション変動が頻繁に見られるようになってきました。
周囲に人がおりますと、その周囲の方達との関係性に影響される部分が大きいので割りと長時間単位でのテンション変動となるんですけど、1人だと3時間ごとに変化しています。
今までは週間天気予報さえ見ていればどの日に洗濯して干しておけるか分かっていたものが、時間ごとに確認しておかないといけなくなったような。
不安というものは自分自身の中で増大してゆく傾向が大きいのですが、ある程度不安が成長するとこのように時間代わりのテンションを生み出して行くのです。
この波動を減衰するべきか、増長させるべきか。
そういう指向性すら時間変動してしまい、不規則な揺らぎの中に身をおきながら本日も進めてゆきます。
今回のお題は『レコードと私』です。
レコード、といっても自分のベストレコードは〜だ、という感じではなく、ソフトとしての、音楽記録物の形態としてのレコードの話です。
物心ついたときにはたしかテープ、CD、MDあたりが猛威を振るう時代でした。
ほんであるときDJを志すようになってからレコードを信仰するようになった背景があります。
つまりレコードはDJの為の存在である、という認識からレコードを買う習慣が出てきたわけです。
あくまでもCDやMD、そしてmp3形式などは再生して家で、電車の中で聞くものであり、レコードはDJのときに使うものであるという感覚ですね。
そこに原点があるのかも知れませんけど、だから近年のCDJ(CD音源のDJ)、PCDJ(PC内音源のDJ)には興味こそ持ちましたが、逆にアナログレコードだけでやるのがリアルだ、という思想に耽りました。
*今はそんな風には思ってないですけどね。なんだろうとちゃんとやっていればいいと思います。
アナログレコードとCD、mp3のデジタルメディアの違いですが、DJとしての自由度が根本的に異なると思われます。(音質がどうのこうのという話もありますが、先入観や再生プロセス上の部分が大きいですからね、きっと。)
自由度とは、選曲の自由度、操作の自由度があります。
選曲の自由度という話では、圧倒的にデジタルメディアが自由度が圧倒的に大きいです。音源をCD(含mp3)という形式で保存する技術が普及しているからですね。
なにしろ貧乏性のGCFの家にいながら、世界に蔓延るほとんどの音源を保存することが出来るほどです。gbの音源はもちろん、NHKの天気予報、小鳥の声、カルアミルクを燃やす音などあらゆるものをCDとして持ち歩けます。
もちろん超お金持ちになれば音源をアナログレコードに保存する設備を整えることが出来ますから選曲の自由度も同等になります。
したがって普通の家に生まれた普通の人にとって、という条件付でデジタルの方が選曲自由度大です。
操作の自由度、これは本質的な部分ではアナログの方が大きいと思われます。一番のポイントは、針飛びという部分です。
一度でも触れたことがあれば分かると思いますが、アナログレコードを扱う場合に針飛びは必ず発生します。ギターを弾いていると次第に弦が緩んできちゃうような現象と似たようなものです。
針飛びが起こるということは、記録音と異なる再生音を発生させるということであります。したがって無意識的な針飛びはDJにとって嫌悪すべきものですが、意識的な針飛びはDJに新しい音楽を創造させるヒントを与えてくれるのです。
最近では技術の向上も手伝って、上記のようなアナログの操作性でCD、PC音源を扱う方法も普及してきていますし、アナログ的な音質の再生も可能になってきています。従ってアナログにこだわる人間はどんどんいなくなっていきそうです。
でも私、GCFはきっとアナログレコードを使ったDJにこだわって一生を終えるでしょう。
見た目がかっこいい、ジャケットがかっこいい、時折みられるカラフルレコードがかっこいい、重いものを運ぶ姿がかっこいい、レコード漁る姿がかっこいい。
それももちろんあります。
有限の選曲自由度を無限の操作自由度を用いて昇華させる。
これがいいんですよ、とにかく。
つまり極端な話、一枚のレコードからやり方によっては無限の宇宙を作り出すことができる、その可能性を秘めている。
けどもそのやり方がまだ身についていないのが歯がゆい感じ、その感じをいつも思い出させてくれるのがレコードなわけです。
そうです。
私にとってレコードとは、原点かつ通過点かつ目標地点なんです。
決してCDやPCではなく、レコードだからそうなのです。
とこんな感じでやってみましたが、やはりテンションがぶれているのが垣間見られますね。
統合不全な雰囲気満載なGCFのstaffroom、次回は【漂白剤のココがスゴイ!!】です。
我が家ではキッチンハイターじゃなくてキッチンブリーチでしたけど、独自の視点で切り込んで行きますのでお楽しみに!
P.S.
Herbie Hancockは素敵ですよ〜。
ROCKもDANCEもFUNKもJAZZもELECTROもいろんな要素が混ざり合って一曲を、そして一枚のアルバムを構成している感じです。
とりあえず彼氏(彼女)が家に来て不自然な間に困った貴方、彼のアルバムかけておけば自然とスキンシップがとれるでしょうよ。
重宝しますぜ!
本日はHerbie Hancockのアルバム『Future 2 Future』を聞きながらのstaffroomにしたいと思います。
まずは近況報告からです。
ええと、以前どこかで書いたかも知れないですけど、GCFは日替わりでテンションが変動する癖がありまして、ある日のテンションはその日に目覚めてみないと分からない状態が続いていたんです。
ところが今月あたりから、数時間単位でのテンション変動が頻繁に見られるようになってきました。
周囲に人がおりますと、その周囲の方達との関係性に影響される部分が大きいので割りと長時間単位でのテンション変動となるんですけど、1人だと3時間ごとに変化しています。
今までは週間天気予報さえ見ていればどの日に洗濯して干しておけるか分かっていたものが、時間ごとに確認しておかないといけなくなったような。
不安というものは自分自身の中で増大してゆく傾向が大きいのですが、ある程度不安が成長するとこのように時間代わりのテンションを生み出して行くのです。
この波動を減衰するべきか、増長させるべきか。
そういう指向性すら時間変動してしまい、不規則な揺らぎの中に身をおきながら本日も進めてゆきます。
今回のお題は『レコードと私』です。
レコード、といっても自分のベストレコードは〜だ、という感じではなく、ソフトとしての、音楽記録物の形態としてのレコードの話です。
物心ついたときにはたしかテープ、CD、MDあたりが猛威を振るう時代でした。
ほんであるときDJを志すようになってからレコードを信仰するようになった背景があります。
つまりレコードはDJの為の存在である、という認識からレコードを買う習慣が出てきたわけです。
あくまでもCDやMD、そしてmp3形式などは再生して家で、電車の中で聞くものであり、レコードはDJのときに使うものであるという感覚ですね。
そこに原点があるのかも知れませんけど、だから近年のCDJ(CD音源のDJ)、PCDJ(PC内音源のDJ)には興味こそ持ちましたが、逆にアナログレコードだけでやるのがリアルだ、という思想に耽りました。
*今はそんな風には思ってないですけどね。なんだろうとちゃんとやっていればいいと思います。
アナログレコードとCD、mp3のデジタルメディアの違いですが、DJとしての自由度が根本的に異なると思われます。(音質がどうのこうのという話もありますが、先入観や再生プロセス上の部分が大きいですからね、きっと。)
自由度とは、選曲の自由度、操作の自由度があります。
選曲の自由度という話では、圧倒的にデジタルメディアが自由度が圧倒的に大きいです。音源をCD(含mp3)という形式で保存する技術が普及しているからですね。
なにしろ貧乏性のGCFの家にいながら、世界に蔓延るほとんどの音源を保存することが出来るほどです。gbの音源はもちろん、NHKの天気予報、小鳥の声、カルアミルクを燃やす音などあらゆるものをCDとして持ち歩けます。
もちろん超お金持ちになれば音源をアナログレコードに保存する設備を整えることが出来ますから選曲の自由度も同等になります。
したがって普通の家に生まれた普通の人にとって、という条件付でデジタルの方が選曲自由度大です。
操作の自由度、これは本質的な部分ではアナログの方が大きいと思われます。一番のポイントは、針飛びという部分です。
一度でも触れたことがあれば分かると思いますが、アナログレコードを扱う場合に針飛びは必ず発生します。ギターを弾いていると次第に弦が緩んできちゃうような現象と似たようなものです。
針飛びが起こるということは、記録音と異なる再生音を発生させるということであります。したがって無意識的な針飛びはDJにとって嫌悪すべきものですが、意識的な針飛びはDJに新しい音楽を創造させるヒントを与えてくれるのです。
最近では技術の向上も手伝って、上記のようなアナログの操作性でCD、PC音源を扱う方法も普及してきていますし、アナログ的な音質の再生も可能になってきています。従ってアナログにこだわる人間はどんどんいなくなっていきそうです。
でも私、GCFはきっとアナログレコードを使ったDJにこだわって一生を終えるでしょう。
見た目がかっこいい、ジャケットがかっこいい、時折みられるカラフルレコードがかっこいい、重いものを運ぶ姿がかっこいい、レコード漁る姿がかっこいい。
それももちろんあります。
有限の選曲自由度を無限の操作自由度を用いて昇華させる。
これがいいんですよ、とにかく。
つまり極端な話、一枚のレコードからやり方によっては無限の宇宙を作り出すことができる、その可能性を秘めている。
けどもそのやり方がまだ身についていないのが歯がゆい感じ、その感じをいつも思い出させてくれるのがレコードなわけです。
そうです。
私にとってレコードとは、原点かつ通過点かつ目標地点なんです。
決してCDやPCではなく、レコードだからそうなのです。
とこんな感じでやってみましたが、やはりテンションがぶれているのが垣間見られますね。
統合不全な雰囲気満載なGCFのstaffroom、次回は【漂白剤のココがスゴイ!!】です。
我が家ではキッチンハイターじゃなくてキッチンブリーチでしたけど、独自の視点で切り込んで行きますのでお楽しみに!
P.S.
Herbie Hancockは素敵ですよ〜。
ROCKもDANCEもFUNKもJAZZもELECTROもいろんな要素が混ざり合って一曲を、そして一枚のアルバムを構成している感じです。
とりあえず彼氏(彼女)が家に来て不自然な間に困った貴方、彼のアルバムかけておけば自然とスキンシップがとれるでしょうよ。
重宝しますぜ!


